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November 27, 2006

『一隅を照らす』 〜伝教大師・最澄〜

先日、比叡山延暦寺に行った際に、『一隅を照らす』という言葉に出会いました。

天台宗を開かれた伝教大師・最澄が書かれた『山家学生式』(さんげがくしょうしき)の冒頭にあります。
この『山家学生式』は、人々を幸せへ導くために「一隅を照らす国宝的人材」を養成したいという想いを著述され、桓武天皇に提出されたものです。偉大な教育者でもあった伝教大師は、仏教の教えに基づいて自ら進んで善行に努力する人、与えられた持ち場や役割を誠実に務めるリーダー(指導的人格者)、すなわち大乗の菩薩を育成することに心血を注がれました。
*大乗:他者救済を大重視し、多くの人々を悟りに導くこと。


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=山家学生式=

「国宝とは何ものぞ。宝とは道心なり」

「道心あるの人を名づけて、国宝となす。ゆえに古人いわく、径寸十枚、これ国宝にあらず」

「一隅を照らす、これ即ち国宝なり」

「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」

「径寸十枚是れ国宝に非ず、一隅を照らす此れ則ち国宝なり」

「悪事を己に向へ、好事を他に与へ、己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」

(意味)
国の宝とは何か。
宝とは、道を修めようとする心である。
この道心をもっている人こそ、
社会にとって、なくてはならない国の宝である。
だから中国の昔の人は言った。
「直径三センチの宝石10個、それが宝ではない。
社会の一隅にいながら、社会を照らす生活をする。
この人こそが、なくてはならない国宝の人である」と。
(中略)
このような道心のある人を
インドでは菩薩とよび、
中国では君子という。
いやなことも自分で引き受け、
よいことは他の人にかわち与える。
自分をひとまずおいて、まず他の人のために働くことこそ、
本当の慈悲なのである。


*一隅:一方のすみ。片すみ。「都会の―」
*菩薩:さとりを求め修行するとともに、他の者もさとりに到達させようと努める人。
*君子:徳行がそなわり、学識、人格ともにすぐれた立派な人。
*慈悲:いつくしみ、あわれむ心。また、情け深いこと。


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高度経済成長の歪(ひずみ)のなかで、人間としての心の豊かさが忘れかけられてる現代に響く言葉、大切にしなければいけない考えだと思いました。

この言葉を受けて私も精進し、「慈・悲・喜・捨の心」(四無量心・しむりょうしんという)で周囲に接することができる人、自分の持てる能力を発揮して一隅を照らす人間になりたい、努力しようと考えます。

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